懐かしいボイス・ブローキングの時代
※このコラムは上田ハーローFX 週間ニュースに掲載しているものです。
オバマ米大統領も選挙運動のときに使ったと言われているTwitter(ツイッター)の人気が高まっているらしい。手軽なコミュニケーションツールとして、国内でも著名人に普及しだしているようでTVでも取り上げられている。ブログのミニ版のようなものであり、短い文章を書いていくだけの至ってシンプルなつくりだ。もともとは米国の軍事目的用だったインターネットの世界もここまで進化してきた。
今や外国為替の取引も電子取引が当たり前となっているが、ほんの10年くらい前までは、まだボイス(電話)の取引が主体だった。筆者は残念ながらインターバンク(銀行間)での勤務の経験もなければ、上田ハーロー(現トウキョウフォレックス・上田ハーロー)での円卓(スポットディスク)の経験もない。最近は円高が進み、再び1ドル=90円を割り込んできたことから、1995年4月の円が最高値の79.75円をつけたときの話題になることが多い。
彼らの話を聞くと、当時は、一部電子取引のツールもあったが、ボイスが主体だったそうだ。為替レートが大きく動くと当然スプレッド(売りと買いの価格の開き)は広がるし、ひどい時にはフィギュア・フィギュア(00-00)、ニーマル・ニーマル(20-20)といって、スプレッドが1円開くこともあったという。スポットディスクの経験者(当社社員)に聞くと、鮮明に覚えているのは1998年のロシア通貨危機で、この日は数時間で10円近く為替が動いた日である。このときはフィギュア・フィギュア(00-00)などが頻繁に出て、最初に取引した為替レートと最後に取引した為替レートが大きく違い、途中のレートでも取引が多数できたため、どの為替レートでいくら取引ができたのか、わからないくらいだったという。
さすがに今は電子取引が大半を占めていることから、2001年の米国の同時多発テロのときでさえ、1円のスプレッドは開かなかったと記憶しているが、円高が進んで円の最高値を更新するとドル円は未知の世界に入ることから何が起こってもおかしくない。
【円卓風景】
トウキョウフォレックス上田ハーロー




